続・「作成罪」はいらない?

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 この法案の問題点が浮き上がってきそうなのですが、私の誤解か、高木さんの誤解か、あるいは、そこが論点なのか、確認したいことがあります。

(1) 論点1および論点2に関連して

 その前に、これは、ここだけでなく、全般的に使われている表現なのですが、

コンピュータプログラムの不正な作成を罪とすること

を問題視されています。ただ、法案は、不正なコンピュータプログラムの作成を罪とするものなのです。「不正」の意味は、ひとまずおくとして、「コンピュータプログラムの不正な作成」と「不正なコンピュータプログラムの作成」というのは同じなのでしょうか。偽造罪との対比がわかりやすいということで、若干ミスリーディングだったのかもしれませんが、不正電磁的記録作成罪では、「不正な電磁的記録」の作成が処罰の対象であるという理解をすべきではないかと思います。解釈した結果、電磁的記録の不正な作成と同義だ、ということはあるかもしれませんが、議論の前提としては区別しておきます。


 第1の通貨偽造に関連して。
 戦前は、通貨偽造に関して、通貨高権を保護するもの、その意味で、通貨は国家に唯一のものだからという理解が一般的だったのですが、現在では、通貨の真正性に対する社会的信頼を保護するものとされています。通貨のなにを信用するかといえば、それが本物かどうかという子でしょう。では、プログラムのなにを信頼するのかということで、それを「意図に反する動作をさせる不正な」電磁的記録としているのです。
 第2の支払い用カードに関して。
 前提として、支払い用カードに関する罪の立法以前に、すでに電磁的記録不正作出・供用罪(161条の2)が存在しています。公電磁的記録、および、権利、義務または事実の証明に関する私電磁的記録について、その不正作出が処罰されています。ここでは、権限なく作成する行為と虚偽内容の電磁的記録を作成する行為両者を包含するものとして、「不正に作った」という文言が使用されています。これで、一応、各種磁気ストライプについてはわかると思います。
 いずれにしても、支払い用カードにしても、161条の2の電磁的記録にしても、電磁的記録の証明機能に着眼してその信頼を保護しているものといえます。これは文書偽造も同じです。

 これに対して、不正指令電磁的記録に関する罪は、プログラムの証明機能に着眼して、その信頼を保護するわけではなく、プログラムの動作に対する信頼を保護するものといえます。もしプログラムに証明機能があり、これが161条の2の客体に該当するのであれば、その不正な作出はまさに電磁的記録不正作出罪で処罰されることになるでしょう。ですから、

もし、コンピュータプログラムが常に何かを証明するものであるといえるならば、その類推は理解できますが、はたしてその仮定は正しいでしょうか。

ということについては、そのような仮定はしていないということになります。社会的信頼を保護するという意味で、偽造罪(148条ないし168条)と同様の構造をもっているということを前提にしているが、信頼の対象は偽造罪とは異なるものであり、それゆえにこそ、新たな立法がなされたものだということです。もしかしてミスリードしてしまったのなら、申し訳ないことです。

(2) 論点3に関して

(i) 人々の期待する規制

 この点に関していえば、

現法案の組み立てとは別に、人々が期待する規制というものを考えたときに、現在では、作成する行為よりも、騙して実行させる行為の規制が望まれているのではないか

ということですので、不正指令電磁的記録罪がプログラムの動作に対する信頼を保護するためのものであるという前提にあるという限度では、共通の基盤に立っているものとみてよいのではないかと思われます。したがって、そのような理解にたったとしてもなお作成罪を必要とするのかどうかというところに、議論の分かれ目があるといえます。

(ii) 要検討:「不正な指令」とは?

おそらく、作成罪を不要とする論拠には、「不正な指令」が適切に把握できないということにあるのではないかと思われます。つまり、実行させたときには、不正とわかるが、そうでないときには、不正ではないのではないか、あるいは、本来規制すべきでないものが規制されてしまうおそれがあるということなのでしょう。その例として、「format c:」という内容の「お宝画像.vbs」をあげられ、これを動作させて、消えては困るファイルを消す結果となったとき、不正とはいえるが、そのファイルを消すプログラムを作成しただけでは、不正とはいえないのではないかというこなのだとおもいます。
 個人的には、おそらくこの点に本罪の問題の核心があるのではないかと考えています。「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」の限界づけがかなりきわどい、場合によっては恣意的になりうるのではないかとの懸念をいまだ払拭できないでいます。
立法者の考えからすると、「format c:」という内容の「お宝画像.vbs」という電磁的記録を供用目的で作成した場合には、不正指令電磁的記録作成罪が成立すると考えてよいでしょう。その際、立法担当者による決まり文句が、意図に反するかどうかは、当該電磁的記録を使用した具体的な人の意図を問題にするのではなく、コンピュータの利用に関心を持つべき社会、ないしは、コンピュータ・プログラムを利用するであろう不特定多数の者の観点から、客観的に判断されるべきであるというものです。「普通の人」は「お宝画像」といえば喜んで開けるから、ということで、不正な指令を与える電磁的記録だという判断になるだろうということです。ただ、.vbsという拡張子に着眼すると、もしかすると「普通の人」でも、(^_^;)\(・_・) オイオイちょっとまて、となるといえると判断すると、不正な指令を与える電磁的記録といえないことになります。この判断は、問題となるプログラムによってはかなりセンシティブなものになるのではないかという予感がしています。
# 素人なので、予感でしかありません。

 ただ、現在の法案にしたがった場合、不正な指令を与える電磁的記録といえるかどうかということは、当該電磁的記録が、実際にどのように動作するのかということと、社会的な観点からどのように動作すべきものと考えられるのかということのギャップを基礎として判断されるべきであり、現に不正な結果を惹起したから「不正な指令を与える電磁的記録」になるわけではありません。もっとも、立法の提案として、そのような立法にすべきだということもありえますが、そうすると、本罪が社会的信頼に対する罪であるという基本的な前提そのものを斥け、おそらくは器物損壊罪の特別法として、コンピュータ損壊罪ないし電磁的記録損壊・変更罪のようなものにしなければならないでしょう。
 なお、最後に述べたような立法例としては、ドイツ刑法があります。

§ 303a. Datenveränderung. (1) Wer rechtswidrig Daten (§ 202a Abs. 2) löscht, unterdrückt, unbrauchbar macht oder verändert, wird mit Freiheitsstrafe bis zu zwei Jahren oder mit Geldstrafe bestraft.
(2) Der Versuch ist strafbar.

§ 303b. Computersabotage. (1) Wer eine Datenverarbeitung, die für einen fremden Betrieb, ein fremdes Unternehmen oder eine Behörde von wesentlicher Bedeutung ist, dadurch stört, daß er
 1. eine Tat nach § 303a Abs. 1 begeht oder
 2. eine Datenverarbeitungsanlage oder einen Datenträger zerstört, beschädigt, unbrauchbar macht, beseitigt oder verändert,
wird mit Freiheitsstrafe bis zu fünf Jahren oder mit Geldstrafe bestraft.
(2) Der Versuch ist strafbar.

 ただし、ドイツでも、サイバー犯罪条約の批准が検討されはじめ、それにともない、現行法ではその対応が難しいとの指摘がなされています。どのような立法となるのかわかりませんが、303条aないしbの予備というのは少々難しいようです。

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