監禁致死罪の監禁行為と致死との因果関係

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 最高裁判所平成17年(あ)第2091号平成18年3月27日第一小法廷決定において、裁判所は、道路上で停車中の自動車後部のトランク内に被害者を監禁した行為と、同車に後方から走行してきた自動車が追突した交通事故により生じた被害者の死亡との間に因果関係があるとの判断を示しました。
 事実関係は、告人は、2名と共謀の上、午前3時40分頃、普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を押し込み、トランクカバーを閉めて脱出不能にし同車を発進走行させた後、呼び出した知人らと合流するため、幅員約7.5メートルの片側1車線のほぼ直線の見通しのよい道路上に停車させていたところ、停車して数分後、後方から走行してきた自動車の運転手が前方不注意のため、停車中の車に気づかず、真後ろからその後部に追突し、トランク内の被害者がそれにより傷害を負い、死亡したというものです。これに対して、

被害者の死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい過失行為にあるとしても,道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を監禁した本件監禁行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる。

と、判示しました。

 なぜ、本件において因果関係が問題にされたのかというと、二つのことが考えれます。一つは、おそらく大阪南港事件あるいはそれと同様の判断を示している一連の判例の存在が考えられます。例えば、大阪南港事件では、被害者の死因となった傷害が形成された場合には、行為後に第三者の暴行により多少死期が速められたとしても、因果関係があるとされました。また、本件に近い事案として、平成16年10月19日刑集58巻7号645頁があります。この事案は、夜明け前の薄暗い高速道路のかなり交通量のある追越車線上に自車およびトラブルの相手方の車を停車させ、その後トラブルの相手方の車に後続車が衝突し、その運転手らが死亡したというものです。裁判所は、停車させた行為との死との因果関係を肯定しています。この判断のポイントして、追越車線に停車させることが重大な人身事故につながる危険性を有しているということを、裁判所は指摘しています。
 このような判断にみられる死因の形成という点を重視して、学説上、結果に対する寄与度の割合により因果関係の存否を決すべきだとの見解もあります。この考えによれば、本件においては、追突した者の行為の寄与度が被害者の死にとって決定的なものとなり、被告人の監禁行為のもつ危険の実現を凌駕するものとして、監禁行為と死との因果関係を否定すべきことになります。しかしながら、このような寄与度の割合による因果関係の判断は、後行者の行為の寄与度が少ない場合、後行者の罪責の判断を著しく困難にします。
 このような寄与度の割合という基準をとらなくとも、行為に存する結果発生の確率の大小、介在事情の異常性の大小、介在事情の寄与の大小を総合的に判断すべきとの見解もあります。ただ、これらの三つのファクター相互の関係はあまりはっきりしていません。結局は、各事案において特徴的なところに関係するファクターのみを取り出して判断していくか、あるいは、総合判断の名の下に具体的な考量を示さないで、端的に結論を呈示するにとどめざるをえなくなります。本件の場合も、監禁行為と死との因果関係は、具体的なファクターの考慮の仕方次第で、あるともいえるし、ないともいえるでしょう。そもそも、寄与の大小と異常性の大小は明確に峻別できるとする前提には、寄与は事実的な危険性判断であり、異常性は客観的な予見可能性であるということにあるのでしょうが、この異質なものを統合することは困難でしょう。

 おおざっぱに言うと、判例は、行為と結果とが科学法則(ないしは医学的な法則)によって結びついている場合、たとえ異常な介在事情が存在しても、因果関係を肯定するものといえます。また、そのようにいえない場合であっても、行為者の行為が介在事情を誘発し、その事情によって結果が発生したとき、さらに、誘発していなくとも、行為者の行為が第三者の行為と相まって結果を発生させたときにも、因果関係を肯定するものだといえます。これらの点において、かなり条件説に近い判断をとっているとみることも可能です。そして、本件は、行為者の監禁行為があったために、被害者が追突された後部トランク内にいたのであって、この点で、追突した運転手の過失行為と監禁行為が被害者の死の共同原因となっており、そこに因果関係を認めた理由があるのかもしれません。

 もっとも、このような事実的な法則性・寄与にこだわりすぎることは、「悪しき応報思想」(井田)であり、刑事責任を結果責任へと誘導する懸念があります。また、事実的な結果に対する寄与は、合法則性の意味における条件関係の存在によって認められるのであり、それ以上のものを結果の帰属ないし因果関係においてさらに「寄与」として考慮するのは適切であるとはいない気がします。むしろ、行為と結果との合理的な関連性という規範的評価(行為の危険が結果に実現したというと、事実的な危険の実現過程を想起させるので適切ではない)をせざるを得ない気がします。結果を行為に帰属させることによって、当該行為に構成要件該当性という意味づけをすることに構成要件要素としての因果関係(正確には客観的帰属)の意義があるのです。

 つぎに、本件において因果関係が問題とされる二つめの点は、結果的加重犯における加重結果と基本犯との関係にあります。因果関係について判例と同様の立場に立ったとしても、監禁致死罪における加重結果に対する責任を問うには、さらに直接性といった要件が必要であるとする見解にたつなら、監禁行為に内在する危険が直接結果へと実現しなければ、加重結果に対する責任を問うことができないことになります。このような観点からみると、判例は結果的加重犯の成立には加重結果の因果関係のみ存すれば足りるとする立場であり、基本犯に内在する危険が加重結果に実現したということは不要としているものといえます。ただし、このような考えによって、結果的加重犯の法定刑の加重を説明できるのかは、きわめて疑問です。

 なお、幅員約7.5メートルの片側1車線のほぼ直線の見通しのよい道路脇に停車させる行為について、後続車の追突の危険性とその予見可能性をつねに肯定してよいかというと、かなり疑問でしょう。もしこれを肯定するなら、通常の停車行為についても、つね追突の危険性とその予見可能性を肯定すべきことになり、後続車が追突した死傷事故については、つねに追突された側の運転手にも過失致死傷罪を肯定すべきことになります。その意味で、本件において、相当因果関係説から安直に因果関係を肯定するのは妥当ではないでしょう。

追記 電話しなくてよくなったので、新しい頁にリンクを設定しました。でも気になるのは、本件は新しい方の最近の最高裁判例一覧表示には載っていません。

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コメント(6)

ネットで平成などを関係しなかったよ。

授業で使うために早速、この判例を使って事例問題を作ってみました(そのままですが。なお【問題2】はおまけ)。問題として考えられるバリエーションとしてはどのようなものがあるでしょうか?また乙が故意犯だと判例はどう判断するのでしょうか?
【問題1】甲は,2名と共謀の上,平成16年3月6日午前3時40分ころ,普通乗用自動車後部のトランク内に被害者を押し込み,トランクカバーを閉めて脱出不能にし同車を発進走行させた後,呼び出した知人らと合流するため,大阪府岸和田市内の路上で停車した。その停車した地点は,車道の幅員が約7.5mの片側1車線のほぼ直線の見通しのよい道路上であった。上記車両が停車して数分後の同日午前3時50分ころ,後方から普通乗用自動車が走行してきたが,その運転者乙は前方不注意のために,停車中の上記車両に至近距離に至るまで気付かず,同車のほぼ真後ろから時速約60㎞でその後部に追突した。これによって同車後部のトランクは,その中央部がへこみ,トランク内に押し込まれていた被害者は,第2・第3頸髄挫傷の傷害を負って,間もなく同傷害により死亡した。
甲および乙の罪責について論ぜよ。
【問題2】甲は,手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療(以下「シャクティ治療」という。)を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた。Aは,甲の信奉者であったが,脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し,意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり,生命に危険はないものの,数週間の治療を要し,回復後も後遺症が見込まれた。Aの息子Bは,やはり被告人の信奉者であったが,後遺症を残さずに回復できることを期待して,Aに対するシャクティ治療を被告人に依頼した。甲は,脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが,Bの依頼を受け,滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして,Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や,その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら,「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して,なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ,その生命に具体的な危険を生じさせた。さらに甲は,前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ,Aの容態を見て,そのままでは死亡する危険があることを認識したが,上記の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから,シャクティ治療をAに施すにとどまり,未必的な殺意をもって,痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し,痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた。甲の罪責について論ぜよ。

きょう、strafrechtがここへ被告みたいな判断した?
strafrechtは裁判所に走行したかったの♪

結構難しめにすると、こんな感じでしょうか。
故意行為が介入する場合、どうなるかわかりませんが、同時犯として処理するように思います。大判昭和5年10月25日刑集9巻761頁参照。

 甲は、Aが交通事故により、甲の妻と息子を死に至らしめたことを恨みに思い、Aの子供を殺害し、自分と同じ思いをさせてやろうと考え、知り合いの乙に、Aの息子Bの殺害を依頼した。
 そこで、乙は、Bを拉致して、人気のない山奥で殺害しようと考え、Bを下校途中に無理矢理車の中に押し込め、クロロフォルムをかがせて意識を失わせた。その後、Bをトランクの中に押し込め、山奥へ移動しはじめた。途中、休憩のためコンビニの駐車場に後部を道路側にして駐車し、店内で買い物をしていたところ、突然、丙の運転する自動車が駐車場に突入し、乙の車の後部の時速約60キロメートルで衝突した。そのため、Bは全身打撲により死亡した。なお、コンビニ駐車場が面してる道路は、片道二車線のほぼ直線であり、指定最高速度が時速50キロメートルであったが、丙は、時速約100キロメートルで当該道路を走行し、前方を走行する車を追い越すため、急に進路を変更したため、車両が不安定になり、コンビニの駐車場へ暴走したものであった。
 甲、乙および丙の罪責を論ぜよ。

ありがとうございます。早速演習で使ってみます。学生の反応などはまた来週。

きのうstrafrechtの、道路は死亡したよ♪

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