高山報告にききたかったこと〜消極的属人主義

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 刑法学会の第一分科会「犯罪論と刑罰論」で、他の報告者の内容は想定内であったが、「文化的葛藤と刑罰目的論」は興味ある内容を扱っていました。しかし、そこで扱われた文化的葛藤は、自国領域内で文化的葛藤が生じている場合を中心に扱い、域外のものも属地主義の延長線上のものだけでした。
 しかし、文化的葛藤が先鋭した形で現れるのは、属地主義が妥当しない状況において自国刑法を適用しようとする場面でないかと思います。たとえば、公海上のA国船舶内にてA国人による日本人に対する殺人がおこなわれた場合、消極的属人主義に基づき、殺害犯人に対して日本の刑法を適用できる場合を考えてみます。公海上の船舶については、本来属地主義により船籍の国の刑法が適用されるとすると、刑罰の目的を法益保護のための予防に求めようと、法の回復に求めようと、A国の規範に基づいて犯罪が規定され、A国の法益保護、予防、抑止、法の回復がまず最初に考えられるべきことになります。他方で、消極的属人主義により日本の法規範の妥当、法益保護、抑止、法の回復も問題となるのでしょうか。そうすると、そこには文化的葛藤だけではなく、主権の葛藤も生じていることになります。
 さらに文化的葛藤が重なる場合、たとえば、A国の法規範によれば、当該殺害行為が完全に許容される殺害行為であり、そもそも犯罪にすらならない場合、属地主義の法を超越して、日本の刑法を適用し、行為者に殺人罪を認め、行為者を処罰することができるのでしょうか。A国では完全に許容される以上、そのような行為者に対して法の回復や法益を遵守する心構え、抑止の必要性は認めうるのでしょうか。実際に、A国人にそのような行為を抑止するような期待を、日本人がしてもかまわないのでしょうか。

 

 法益保護や法規範の妥当といっても、それを主張できるのは、自国領域内における法益保護であり、法規範の妥当でしかないのであって、法益保護にしろ、法規範の妥当にしろ、自国領域内であれば、法益主体の国籍いかんによらずこれを保護し、名宛人の国籍いかんを問わず法規範は妥当するのです(だからこそ、文化的葛藤が問題となります)。本来適用されるべき法によれば完全に適法である行為について、とりわけその国の国民について、他国の法益保護ないし法規範の遵守を期待することはむしろできないはずです。
 したがって、消極的属人主義により日本刑法の適用を主張していくことは、法益保護や法規範の妥当という問題とは別次元の問題にあり、これを刑法の枠内で処理するのは、きわめて疑問であるように思います。むしろ、自国民の保護という国家主権の要求を他国に対して主張していくことができるのかという国際法上の問題が重要なのではないでしょうか。条約や協定が締結されていれば、それに従ってわが国の刑法を適用することも可能でしょう。あるいは、共通の基盤があるために、個別交渉によってわが国の刑法の適用を容認してもらえる場合もあるでしょう。高山報告にあったミニマムの共通部分とは実はこのような場合なのではないでしょうか。そして、ミニマムの共通部分があらゆる国についてあるとはいえず、自国民の保護を強く主張することになれば、A国の主権を侵害してでも自国の主権を押し付けることもありえます。いずれにせよ、国際紛争の解決という局面になってしまって、たとえ消極的属人主義により自国刑法が適用されているようにみえても、その実質は代理処罰的なものでしかなく、日本の法益保護、日本の法規範の妥当は問題となっていないでしょう。
 消極的属人主義を理論的に基礎づけることができるのかという質問にはこのような背景があったのですが、制度的、政策的説明によりはぐらかされてしまったように思います。オーガナイザーも、問題の焦点がつかめていないのか、あっさりながされてしまいました。ドイツでは、法の回復、法規範の安定化、あるいは遵法精神とは関係ないところにある消極的属人主義には、批判が多いと附加していればよかったのかもしれません。

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きょうは想定するつもりだった。

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