児童ポルノ製造罪と児童淫行罪

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 最近、児童ポルノ・児童買春の論文書いてくれないので寂しいです。

奥村弁護士の見解 - 「福岡家判平成12年12月6日」の謎

 これは島戸検事への言葉なんでしょうね。そういえば、今日、12月の東京高裁の判決の評釈依頼がきました。順調にいけば9月1日発売ですね。
#一太郎ファイルであったため、開くのが大変面倒でした。σ(^_^)はWindowsになってからの一太郎は嫌いなんで使わないし、仕事の文書も最近は全部Wordですから、Wordのプラグインはいれてないし。

 ところで、タリオで死刑を正当化するというのは、事実的な結果を犯罪の実質にするというのであればわかるのです(井田さんが悪しき応報刑と批判する結果無価値論ですね)が、行為規範違反という点からタリオはありえないと思うのです。ところが、某テレビ番組内で、なぜか規範違反を犯罪の実質とする人が、死刑の場面では、同害報復をいっていました。タリオと罪刑均衡は別物です。罪刑均衡という意味で応報刑をいっても、問題は「罪」の中味にあるわけで、人の死という事実的な結果をいうのであれば、タリオということになるのでしょうが、規範的評価を「罪」において問題とすると、タリオには直結しないのです。同じ応報刑でも、カントとヘーゲルには、乗り越えがたい柵があるように思うのですが、その人にとっては十把ひとからげなのかもしれません。
# 結果無価値論でも、きわめてその内実を事実的に理解すべきだという人たちが死刑に否定的であるというのは、その犯罪論と刑罰論が矛盾している気がしないでもないです。

 いずれにしても、殺人罪の規範的評価と死刑が均衡するのか、しないのかというを、死刑を肯定する場合も、死刑を否定する場合も、実質的に論証・説明することが必要でしょう。
 なお、被害者の応報感情をむき出しのまま刑罰の正当化に持ち込むというのは、刑罰をいにしえのゲルマン社会のフェーデに戻したいということなのでしょうか。
# もちろん実践的判断は、理論的次元のように綺麗事で済まないかもしれませんが、一歩引いた基礎づけ、評価も重要ではないでしょうか。後者をまったく無視することは、極端に走ると、最後は法は要らないということにいきついてしまう気がします。

コメント(24)

 島戸さん、異動されたらしいいのですが、後任の方から最新の状況を書いてほしいところです。
 裁判例は積み上がっていますから。
 罪数とか。

 ところで、製造罪と児童淫行罪は観念的競合でいいですか?

は、はやっ(^◇^ ;)
裁判例を積み上げても、それをきちんと公刊してもらわないと困ります。

> ところで、製造罪と児童淫行罪は観念的競合でいいですか?
俗にいうはめ撮りは、いいのじゃないかと思っています。それより、児童淫行罪の射程範囲を広げている判例を疑問に思っています。

 本来性交・性交類似行為が実行行為のメインである児童淫行罪に「撮影」を含める裁判例は、時々あって、http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20060622/1150960056
その延長線で製造罪と観念的競合となったような感じです。
 東京家裁を全部見ればもっと増えると思います。

 かすがいを認めてしまうと、科刑上一罪の範囲で公訴事実の同一性が生じるので、一方の事件が先に確定した場合の、二重処罰とか一事不再理の問題もあります。児童福祉法なので管轄違い(少年法37条2項)の論点も出てきます。
 法セミの松宮論文の最後には二重起訴の問題点が触れられていました。

原稿はこれからですが、あらゆる論点について批判的です。お楽しみに。

 上告してるんですが、同時に起訴された家裁事件(重い方)は即刻上告棄却で確定しています。

 学者さん向けの問題点としては、控訴理由の蒸し返しですが、
製造罪の罪数は製造行為でいくのか物の個数で数えるのか
追加記録の罪数
最高裁h18.2.20の原審の名古屋高裁金沢支部h17.6.9は「犯罪事実に『姿態をとらせ』を記載しなくても瑕疵はない」と判示したこと
少年法37条の弊害(立法政策論?)
というのがあります。

すでに研究会で報告済みで、ご指摘の点はすべて検討しています。紙幅の制限があるので、どこまでかけるのかはわかりませんが。

口頭発表では、原稿を書かない主義なので、原稿はこれからなだけです(15年くらい前の刑法学会のワークショップでもそれをやったら、師匠をはじめみんな驚いたそうです。師匠の真似しただけなんですが)。
とりあえず、レジュメと当日の議論のメモで、話したことが頭の中で再生されるんで、それを補正するだけです。

大阪高裁では
  児童淫行罪→撮影→編集→ダビング→販売
という一連の行為で、
  児童淫行罪→家裁
  撮影(訴因には明示されていない。証拠上明らか)
  編集→ダビング→販売→地裁
といういわゆる「かすがい外し」の事案の判決が2件予定されています。

 家裁事件を受けましたが、なんか、日本の隅々まで、観念的競合で固まったみたいですよ。
 牽連犯じゃだめですか?

 裁判所の方をもつわけではないですが、牽連犯を認めるのはかなり限定されるべきではないかと考えています。牽連犯にするくらいなら、併合罪にするでしょう。ただ、 家庭裁判所管轄との関係では、観念的競合としておくのがいいのかもしれません。

 とりあえず、製造罪が児童淫行罪とは一罪だとして、
   強制わいせつ罪
   強姦罪
   児童買春罪
   青少年淫行罪(条例)
など、性行為を構成要件とする犯罪とも、一罪ということになりますか?(実務は併合罪説)
 児童買春罪とは併合罪だという高裁判決は幾つかありますけど、東京高裁H17.12.26と整合性はありますか?

東京高裁H17.12.26って、観念的競合だとも明言していないんですよね。かすがいかどうかはひとまずおいておいて、かすがいになるとしても、っていうかたちで論じています。けっこう、ずるいです。

 原田さんは、そういう実務を追認しただけじゃないかと思います。
 実務にはそうでない処理もあるので、そっちが困った。

追認したのかどうかはわかりませんが、そういう実務を前提にしたらこうなるということなのでしょう。
強制わいせつ罪・強姦罪・児童買春罪は、手段としての暴行・脅迫、対償の供与のところが、製造罪の行為からはみ出していそうですね。
#撮影行為による強制わいせつは観念的競合で問題ないかも。

個人的には、条例の淫行罪と児童福祉法の淫行罪は択一関係にしないと、条例が「法律の範囲内」のものといえなくなると思っているのですが。。。

 来週、そうでない原判決に対する控訴審判決が2件ありますので(観念的競合じゃないから、管轄別れるんです)、ご報告します。
 強制わいせつ罪・強姦罪との関係も判断されます。多分。


 
 
 

 大阪高裁h18.10.11はなんか併合罪だって言ってましたよ。
 量刑不当で破棄してくれましたが。
 

 札幌家裁小樽支部h18.10.2は「管轄違じゃないの」という弁護人の指摘を排して観念的競合にしています。

これは併合罪説(児童淫行罪-撮影行為)ですよね。

大阪高裁h18.10.11
まず,①の主張について検討する。原判示の児童に淫行をさせる罪に係る行為である被告人らと児童との性交等とその場面を撮影した行為とは,時間的には重なっているものの,法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察の下では,社会通念上1個のものと評価することはできないから,両者は併合罪の関係にあるというべきである。論旨はその前提を欠き,理由がない。

破棄判決ですが、
検察官上告ありませんでした。

札幌高裁H19.3.8は、観念的競合説。
児童に淫行させながら,その児童の姿態を撮影したというものであり,児童淫行罪であるとともに児童ポルノ製造罪に該当する。これらの児童に淫行させる行為とその姿態を撮影する行為は,法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察の下で,行為者の動態が社会見解上一個のものと評価されるものであるから,一個の行為で二個の罪名に触れる場合に当たり,観念的競合の関係にあると解される。

奥村先生があげられている裁判例は、「法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察の下で,行為者の動態が社会見解上一個のものと評価される」という表現がいかに機能していないのかということを端的に示すものとしては、よい例ではないかと思います。
どこかで述べたように、問題となるそれぞれの犯罪について、構成要件に該当する行為として記述されるものを比較して、その重なり合いをみることになるのではないかという気がします。

より根本的には、児童に淫行させる罪の解釈にあるのではないかと考えています。

 併合罪説の上告理由をあっさりと書きました。
 最高裁H18.2.20の解説(判例タイムズ1206号93頁)や最新重要判例250 刑法 第6版の前田先生の解説では、3項製造罪の「姿態とらせて」を「実行行為」ではなく「身分」と理解しています。窮余の説だけど判例。
 ところで、児童淫行罪=性交又は性交類似行為。
 撮影行為は性交又は性交類似行為ではないし、「姿態とらせて」は3項製造罪の実行行為ではないから、社会見解上一個の行為にはならないというのが、判例の帰結。

ポルノ映画の撮影をした者に児童淫行罪を認めたものがあったと思ったのですが、この場合、撮影行為自体は淫行じゃないということなのでしょうか。

 鋭いご指摘ですね。
 判例について
http://d.hatena.ne.jp/images/diary/o/okumuraosaka/2007-04-11.jpg
と分析してみたのですが、ちょっと考え直します。

 AV撮影について、児童淫行罪と販売(提供)目的製造罪との観念的競合の裁判例(家裁)は幾つかあります。その事件では、撮影が淫行だと評価された。

目的製造と観念的競合とするもの
奈良家裁H16.2.5(販売目的)
奈良家裁H16.1.21(販売目的)
東京家裁H16.10.25(販売目的)
横浜家裁H16.1.8(販売目的
千葉家裁H12.12.22(販売目的)

姿態とらせて製造罪と観念的競合とするもの
横浜家裁横須賀支部H17.6.1
東京高裁H17.12.26
長野家裁H18.4.20
札幌家裁小樽支部H18.10.2
札幌高裁H19.3.8
名古屋家裁岡崎支部H18.12.5

目的製造と併合罪とするもの
大阪高裁H18.10.11(提供目的)
大阪地裁H17.7.15(公然陳列目的)

 しかし、撮影は性交・性交類似行為ではない以上、これを社会見解上の一個の行為とするのは無理があって、「社会見解上・・・」と述べた観念的競合についての大法廷判決(S49など)からは外れています。
 大阪地裁H17.7.15なんて「社会的にみて同時に2個以上の行為が併存することは必ずしも珍しいことではなく、(例えば電話で会話しながら身振りで近くの部下に指示をする、風呂に入りながら本を読むなど)、両行為が同時に為されたことの一事をもって直ちに1個の行為とみることはできない」と説明しています。

大阪地裁H17.7.15の考えを徹底すれば、おそらく観念的競合とされる場合はほとんどなくなってしまうでしょう(方法の錯誤の併発結果が生じる場合だけかも)。

 最高裁大法廷S51.9.22が「いま、道路交通法七二条一項前段、後段の義務及びこれらの義務に違反する不作為についてみると、右の二つの義務は、いずれも交通事故の際「直ちに」履行されるべきものとされており、運転者等が右二つの義務に違反して逃げ去るなどした場合は、社会生活上、しばしば、ひき逃げというひとつの社会的出来事として認められている。」なんて判示しているところをみると、いわゆる「ハメ撮り」については、社会生活上、しばしば、「ハメ撮り」というひとつの社会的出来事として認められているのであれば、観念的競合になるんでしょうね。
 いわゆる「ハメ撮り」の場合については
名古屋高裁金沢支部H14.3.28(製造罪-児童買春罪 併合罪)
名古屋高裁金沢支部H17.6.9(製造罪-児童買春罪 併合罪)
大阪高裁H18.10.11(製造罪-児童淫行罪 併合罪)
なんかがありますから、社会生活上、しばしば、「ハメ撮り」というひとつの社会的出来事として認められているとはいえないということじゃないですか?

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