秘密漏示罪と必要的共犯

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 奈良県で家族3人が焼死した放火殺人事件をめぐり、中等少年院送致になった長男(17)らの供述調書を引用した本が出版され、精神鑑定を担当した京都市の医師(49)が秘密漏示容疑で奈良地検の家宅捜索を受けた問題で、医師が地検の任意の事情聴取に対し、「(著者から)頼まれたから調書を見せた」と漏洩(ろうえい)を認める供述を始めたことが22日、わかった。

 こうしたことを受け、医師も供述を変え始め、草薙氏に強く頼まれたため調書を見せたことを認めたという。
 地検は草薙氏や講談社の担当者らについても、職務で知った個人情報を漏らした秘密漏示容疑の医師の「身分なき共犯」にあたる可能性があるとみて聴取する方針。

asahi.com:鑑定医、漏洩認める 「頼まれ見せた」 調書引用 - 社会

 「漏示」といっても、公然と一方的にしゃべるわけじゃなくて、漏示の相手方が必要です。ところが、秘密漏示罪は、特定の身分のある者の漏示行為のみを処罰し、漏示を受けた者を処罰していません。いわゆる必要的共犯の対向犯に相当するのですが、一方当事者のみを処罰しています。わいせつ物等販売罪(刑175条)で、販売した者のみを処罰し、購入者を処罰していないのと同じ構造になっています。
 このような場合、通常の形態における相手方は処罰されないものと解されています。判例も、弁護士でない者に報酬を払う約束で弁護し活動を依頼したという非弁活動の禁止に関する教唆が問題となった事案で、「ある犯罪が成立するについて当然予想され、むしろそのために欠くことができない関与行為について,これを処罰する規定がない以上、これを、関与を受けた側の可罰的な行為の教唆もしくは幇助として処罰することは、原則として、法の意図しないところと解すべきである。」としています(最判昭和43年12月24日刑集22巻13号1625頁)。さらに、導入預金に関する事案でも、同様の趣旨を判示し、「通常予想される行為に止まる」行為について共犯として処罰できないとしています。

 問題は、すべての関与形態について共犯となりえないのか(刑法の総則の共犯規定が適用されないのか)という点にあります。これについては、可罰的な行為に対する定型的な関与形式であるかぎりでは共犯としての可罰性が限定されるとする見解、対抗行為の一方について処罰されない実質的根拠を検討して、それが充足されるかぎり、処罰されないとする見解などが主張されています。
 秘密漏示罪についてみれば、漏示の相手方は被害者でもなければ、期待可能性が少ないというわけではなく、実質的な根拠により漏示を受けるという対向行為を処罰していないわけではないでしょう。そうすると、立法者の意思によってそのようにされていると解せざるをえません。
 では、定型的な関与行為かどうかという基準ではどうでしょう。この立場は、わいせつ物等販売罪で、買主が普通に「売ってくれ」というときは不可罰だが、積極的に販売を働きかけたときは教唆となりうるとします。この両者の限界はかなり曖昧であってそれほど基準として有用とはいえません。ただ、漏示行為の場合は、医師等が不用意に他人の秘密を第三者に漏らすことを処罰の対象としており、この意味で医師等の側から漏示を想定していると解することは可能かもしれません。すると、第三者が医師等に漏示を依頼し、漏示行為があった場合は、定型的な関与行為とはいえないとなります。おそらくは捜査機関はそのような方向で捜査に当たっているのでしょう。
 もっとも、このような考え方に対しては、国家公務員法(地方公務員法も同様)における秘密漏示(国家公務員法109条12号、100条1項)については、そのそそのかしおよび幇助について処罰規定(同法111条)ので、そのような規定のない刑法の秘密漏示罪ではそもそも共犯は処罰しえないとの見解もあります。これに対しては、国家公務員法は共犯的行為を独立の犯罪としてて規定し、処罰するものであって、同列には論じえないと反論することは可能です。ただ、議論が分かれるところでしょう。

 なお「身分なき共犯」とありますが、これは秘密漏示罪が一定の地位にある者の漏示行為のみを対象としているため、そのような地位のない者の関与行為ということであり、刑法65条1項により秘密漏示罪の共犯として処罰可能ということをいっているのでしょうが、新聞記事としてはわかりにくい気がします。

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