公序良俗と刑法上の違法性

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 「指詰め」に協力したとしてクリニックの院長が逮捕されたとの報道が先日ありました。被害者の同意の有効性についての議論で、本件が反社会的行為に係る同意なので無効なので、傷害罪になるとするのは、いささか短絡的なような気がします。
# 報道にもありますが、指詰めを強要していたということから、同意の有効性それ自体が疑問となります。
 たしかに判例および従来の通説は、同意を得た目的、行為の手段・方法・態様、生じた結果の重大性などを考慮して傷害罪の成否を決すべきであるとしています。このような結論を引き出す前提として、かつては、国家・社会倫理規範に照らして相当といえるということが同意が行為の違法性を阻却する根拠だとされていました。そして、このような立場は、やくざや暴力団の反社会性を根拠に、指詰めにかかる同意を無効なものとしたのです。さらに、このような論拠から結論にいたる流れが、あたかも行為無価値論から必然的な結論であるかのように論じている者・本があったりします。が、いずれもかなり疑問があるといえます。

 違法性の実質を国家・社会倫理規範違反だとする見解はたしかにありますが、このような立場に対しては、個人道徳と社会道徳の混同がみられ、あるいは、これに対する批判についても実定道徳と批判道徳の混同がみられます。この見解のもととなったヴェルツェルにおいても、倫理規範は個人道徳ではなかったはずです。また、行為無価値の実態としてこのような考えを主張する立場は、きわめて少数となっています。むしろ、現在の行為無価値論は、法益保護を主眼として、法益侵害行為の禁止としての行為規範を基軸に犯罪論を構成し、行為無価値の実質は行為規範違反であり、法益侵害の危険のある行為というところに求めます。おそらく井田・刑法総論の理論構造にみられる理解が多数説的な行為無価値論ではないでしょうか。そして、そこでは、被害者の同意は自己決定権を基礎として構成されており、判例および従来の通説を批判していることが、上記の行為無価値論の理解が不当であることを示しています。
 逆に、結果無価値論の立場に立ったとしても、被害者の同意について、優越的利益の原則から構成すると、法秩序の統一性とも相まって、公序良俗に反する同意を無効として、傷害罪の成立を認めることは可能です。ただし、国家・社会倫理規範と公序良俗を同視するのも問題があります。民法90条が公序良俗に反する行為は無効としていることが示すように、公序良俗といわれるものは、たんなる個人倫理・道徳ではなく、法の一部であるからです。再度、最決昭和55年11月13日刑集34巻6号396頁をみてみますと、保険金詐欺という違法目的での同意であったことが傷害罪の成立につながっていることがわかります。おそらく、ヴェルツェルにおいてそうであったように、社会的相当性は、まさに法としての実定道徳の観点から判断されるべきで、そうでないと、倫理的な不当性はいえても、法的不許容性を導くことはできないといえます。やくざの指詰めが公序良俗に反して同意が無効であるとしても、それは、やくざの統制に反することの謝罪で指詰めを奨励することが法としての公序良俗に反していて、違法だからということになります。現在では、このことはいわゆる暴力団対策法で禁止行為とされたことにより、いっそう明らかになったといえます。
 おそらくは、国家社会倫理規範違反というときも、法としての国家社会倫理規範をもともとは意味していたのであろうとはいえます(論者は今でもそのつもりでしょう)。ただ、ことばの一人歩きによってか、読み手の誤解からか、次第に個人倫理へと歪曲されていったのかもしれません。同様のことは、不真正不作為犯における作為義務における議論においてもみられ、倫理的な義務によってあたかも法的な作為義務が基礎づけられるような論調は問題があるといえます。条理というのも、まさに法としての条理であることに注意しなければならないのです。

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続・けったいな刑法学者のメモ - wikibook (2005年12月18日 00:00)

 コメントにあったので、承継しようかといろいろみた感想ですが、各論のほうはともかく総論のほうは承継しようがない。 おそらく書いているのは別人なのでしょう。 続きを読む

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