期待可能性の不存在

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 アゲアシトリです。

 民法教員のタテマエ? 2nd ed.の「ノーアクションレターとは」というエントリーで、

もうだいぶ昔になりますが、私が学生の頃、刑法総論の授業の中で責任阻却事由としての期待可能性(←これもわかりにくい言葉だ)の話になり、いわゆる適法行為の期待可能性が問題になる場合として専門家の助言を得てした行為が云々というテーマがあがりました。確か期待可能性なしとして責任阻却される範囲は相当に狭かったと記憶しています。

とあるのですが、たぶん違法性の意識の可能性の話とまぜこぜになっています。

 判例は、違法性の意識不要説にたっていると理解されていますが、下級審判決の中には、違法性の意識の可能性がない場合、故意または故意責任を否定すべきであるとの立場から行為者の責任を否定したものがあります。所管官庁の助言という点でみれば、石油カルテル生産調整事件(東京高判昭和55年9月26日高刑集33巻5号359頁)が有名です。石油の生産調整が通産省(当時)の行政指導のもとにおこなわれ、公取もこれについてなんらの措置をとらなかったという事情に関して、自らの行為について違法性が阻却されると誤信していたため、違法性の意識を欠いていたものと認められ、また、その違法性を意識しなかったことには相当の理由がある、として、裁判所は故意を否定しました。

 一般的に、専門家の意見を信頼して違法でないものと思って行動したところ、実際には違法であったという場合は、一般には違法性の錯誤とされ、違法性の意識(またはその可能性)の体系的位置づけ、刑法39条3項の解釈などに関連づけて議論されています。最近は、学説上、責任説または制限故意説が多数説となっており、これらの立場からは、違法性の錯誤の事案では、錯誤の回避可能性、錯誤の相当性などを検討して、否定されるときには、故意または責任を阻却するというものです。つまり、錯誤が回避可能であるあるいは錯誤が相当であるときは、違法性の意識が可能であり、故意責任を肯定できるとすることになります。

 この回避可能性の判断は、近年類型化されてきており、その一つの類型として専門家の助言を信頼した場合があげられます。そして、所管官庁の公式の見解、あるいは、刑罰法規の解釈・運用について法的責任のある担当公務員の公式見解にしたがって行為した場合、錯誤の回避可能性を否定すべきとされています(もっと広めにとり、公式見解でなくともよいとの立場もあります)。公式見解としての典型としてよくあげられるのが、行政指導ですが、ノーアクションレターによって所管官庁の公式見解が示されるというのであれば、これも含めて考えることは可能です。この問題は、最近省庁が行政指導を控えめにし出したこともあり、ガイドラインではどうなのかとかいった類似の問題をかなりつくりだしているようです。
 このような見解にあっては、違法性の錯誤による免責は、法情報ないし法状況を確認する作業と情報収集をきちんとおこなう義務が個人にはあるとの前提に立つものですから、この義務が尽くされたかどうかが基本的な判断の枠組みであるといえます。ただし、これは近時の多数説からの理解であって、いまなお判例は、形式的には、違法性の意識不要説を維持していますので、通用しないかもしれません。

 なお、期待可能性を責任阻却事由というとちょっと間違いで、期待可能性の不存在が責任阻却事由だということです。行為者に適法な行為を期待できない場合にまで、その責任を追及するのは妥当ではないというものです。ただし、判例は、期待可能性の不存在による責任阻却の可否について判断を避けています。もっとも、期待可能性の考えを反映した実体法上の規定は存在しており、その限度においては、この考えを受け入れているとみることはできます。

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トラックバックありがとうございます。私の完全な思い違いについて、ご指摘ありがとうございました。単に間違いを指摘するだけでなく、どのように考えるのかという道筋まで示していただき、大変勉強になりました。これからもよろしくお願いいたします。

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