共謀罪の立法について、賛成か反対かはともかく、学生たちのレポートをきくかぎりでは、議論の前提としてきちんと法律上の概念を理解していない資料が存在するようです。そういうわけで、議論をする前提として法律上の概念をおさえておきます。
共謀罪は、「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律」(継続審議中)によって、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下、「組織犯罪処罰法」)に、新たに六条の二を加えることで新設されるものです。その1項において、
次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるもののの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
ときていされています。
よく見られるのは、「団体の活動」や「組織」という概念があいまいであり、広汎であるがゆえに、ちょっとした「共謀」であっても、共謀罪の成立が認められるのではないかという批判です。では、実際これらはどのように定義づけられているのか、ひとまず法律上の定義をみておきます。
まず「団体」ですが、これは2条1項に定義されています。ここでは、「組織」の定義もみられます。
この法律において「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。
そして、「団体の活動」は、組織的な殺人等の処罰を規定する3条1項において定義されています。
次の各号に掲げる罪に当たる行為が、団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう。以下同じ。)として、当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたときは、その罪を犯した者は、当該各号に定める刑に処する。
一 刑法(明治四十年法律第四十五号)第百八十六条第一項(常習賭博)の罪 五年以下の懲役
二 刑法第百八十六条第二項(賭博場開張等図利)の罪 三月以上七年以下の懲役
三 刑法第百九十九条(殺人)の罪 死刑又は無期若しくは五年以上の懲役
四 刑法第二百二十条(逮捕及び監禁)の罪 三月以上十年以下の懲役
五 刑法第二百二十三条第一項又は第二項(強要)の罪 五年以下の懲役
六 刑法第二百二十五条の二(身の代金目的略取等)の罪 無期又は五年以上の懲役
七 刑法第二百三十三条(信用毀損及び業務妨害)の罪 六年以下の懲役又は五十万円以下の罰金
八 刑法第二百三十四条(威力業務妨害)の罪 五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金
九 刑法第二百四十六条(詐欺)の罪 一年以上の有期懲役
十 刑法第二百四十九条(恐喝)の罪 一年以上の有期懲役
十一 刑法第二百六十条前段(建造物等損壊)の罪 七年以下の懲役
つまり、「団体」=共同の目的を有する多数人の継続的結合体+その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われるもの、「組織」=指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体、「団体の活動」=団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものということが示されています。そうすると、日弁連のサイトにある説明
例えば、同じ会社に所属するAさんとBさんが、Cさんを「やってしまおう」という会話を交わしただけで、AさんとBさんが殺人、傷害いずれかを合意したものとして共謀罪が成立する可能性があるのです。
は、どうもおかしいように思われます。この例において、団体の活動、組織といった要素をどのように認めるのかがよくわかりません。また、もしこれらの要件が認められるなら、実際にふたりが殺害を実行した場合、組織犯罪処罰法3条1項による組織的殺人の罪として処罰されるべきことになります。ただ、上記例の場合について、組織的な殺人の罪を認めるのであれば、おそらく現在検挙されている相当数の殺人罪等が組織的な犯罪として起訴され、処罰されていることになります。実際はそうではないでしょう。
他に学生たちがひろってきた例としては、周辺住民によるマンション建設反対運動で工事車両の進入をピケを張って阻止しようとするもの、労使交渉になかなか応じない社長を、満足ゆく解決がでるまで交渉の席に着かせておこうというものがありました。たぶん自由法曹団のサイトあたりをみたのでしょう。ただこれらの例も、一応、これらの活動が団体の活動に該当するとしても、共謀罪の不当さを的確に指摘するものとはいえないでしょう。
以前、研究ノートにちょっと指摘しましたが、いくら反対であるからといって、工事車両の進入を座り込み等実力で阻止するのは、威力業務妨害罪の構成要件に該当するものです。財産犯の保護法益で所持説を支持する立場の人なら、当然、(そうではなくともおそらく法治国家ということから)自力救済の禁止が前面に出てくるはずですから、犯罪の成立を否定すべきことにならないでしょう。すると、こういった行動が検挙されないのは、いわば警察の運用によるのでしょう。だとすると、いままで違法行為をしてもおめこぼしされてきただけで、それがされなくなったからといって、住民運動を不当に制限することになるというのは短絡的です。そのような意見が出ても、それを否定してこそ、健全な団体の活動があろうというものです。
同様に、実際に、団体交渉に長時間経営者を拘束することが、労働法上あるいは憲法上の労働者の権利として許容されるものであれば、その前代会としてのそのような活動を謀議しても、違法とはいえないでしょう。しかし、そのような拘束をおこなうことが強要される限度を超えるものであれば、違法となり、もしそれが団体の活動として当該行為を実行するための組織によりおこなわれたときは、組織的な逮捕監禁罪になりますし、その謀議を違法とすることも不当ではないともいえます。
# これらの例で、はたして団体の活動、犯罪行為を実行するための組織によりおこなわれたといえるかも、より厳密に検討しなければならないのですが、それもきちんとされていません。
共謀罪の問題の本質は、このような個別ケースの感情に訴求するような論調によっては実はとらえることは困難ではないかといえます。現に実行に移行しなくとも、実行の共謀によってのみ処罰しうるだけの根拠を理論的に導出できるのか、あるいは、それを理論的に否定できるのかということが議論されなければいけないはずです。
# 例の構造設計書の偽造問題がもし関係者全員の謀議によるものといえるなら、組織的な詐欺の罪を適用して、徹底した犯罪収益の徴収をおこなえるし、その隠匿に寄与した者も捕捉できるのですよね。日弁連とか、自由法曹団とかの方々は、団体の活動とか、組織をきわめて緩く解釈されているようですから、それに則って、組織犯罪処罰法の適用をめざしたらどうですか。>法執行関係者のみなさん
はじめまして。時事問題をおもな内容とするブログを書いている、JIROと申します。
TBいたしましたブログに書いたのですが、2月28日付の「官報」、「閣議決定事項」
http://kanpou.npb.go.jp/20060228/20060228h04286/20060228h042860011f.html
に、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部を改正する法律案(決定)(法務省)」というのがあります。
組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部を改正する法律(案)
http://www.moj.go.jp/HOUAN/SOSHIKIHANZAI/refer02.html
これを読むと、一般には見落としそうになりますが、附則第二条において、
第 二条 この法律の施行の日が犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成十八年法律第 号)の施行の日前である場合には、同法の施行の日の前日までの間におけるこの法律による改正後の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(次条において「新組織的犯罪処罰法」という。)第十三条第三項第一号の規定の適用については、同号中「前項各号に掲げる罪」とあるのは、「前項に規定する罪」とする。
の文言があります。
私のブログに、「この法案は『共謀罪』とは関係がないのではないか?」というコメントが寄せられました。
これに対する回答として、上の「附則」を引用したのですが、「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律」が「共謀罪」であることが分かるように、ご専門でいらっしゃる、先生のブログにおける、該当記事にリンクを貼らせていただきましたので、TBと共に、ご連絡いたします。
何か、不都合がありましたら、ご遠慮なくお申し出下さい。
それでは失礼いたします。