続々・作成罪はいらいない?

| トラックバック(2)

 「続・作成罪はいらいない その2」を書かれて、さらに議論をすすめられたようなので、こちらもさらにすすめます。
 その前に、余談から。偽造罪って「にせもの」を作ることなのは確かなのですが、「にせもの」っていろいろ考えることができます。現行刑法は、名義の真正性に対する信頼を保護するものとして偽造罪をおいており、その意味で、名義の真正性を偽ること=有形偽造の処罰を原則としています。内容の真実性を偽ること=無形偽造は、とくにその信頼を保護すべき場合にかぎって、例外的に処罰しているにすぎません。この点で、作成名義を偽ったものを「にせもの」というのがこれまでの話だったといえます。なお、電磁的記録不正作出罪になりますと、有形偽造だけでなく、無形偽造も処罰されると解するのが多数説です(公文書と公電磁的記録の整合性が主な理由です)。
 話を不正指令電磁的記録に関する罪にもどしますと、高木さんと法案(ないし立法者)との相違点は、信頼の対象が異なっていることにあり、

「プログラムの動作に対する信頼」と、「プログラムを供用されることに対する信頼」とは別であり、「プログラムを供用されることに対する信頼」が求められているのだと考えます。

ということから、それが「作成罪」不要とされる考えに結びつけられています。

 しかし、この相違がそれほど決定的なものなのかということになりますと、消極的に解されます。おそらく、立法者は、

実際には、どんな場合でも供用者がいて、悪質な供用者は、意図に反する動作をさせることを企んで、巧妙な誘い文句を添えたり、状況からして人が誤解するような場所に置くといった手口を使います。こうした悪質な行為にも責任があるというのが、人々の期待する規制であると私は考えます。

ということも含めて、プログラムの動作に対する社会的信頼を保護するものとして、不正指令電磁的記録に関する罪を起草したものと考えられます。法案は、プログラムが技術的にどのように動作するのかといった仕組みを熟知して電子計算機を使用するわけではなく、プログラムの説明やファイル名あるいは場合によってはもっと一般的な事柄(場所・状況など)によって、その動作を理解し、そのような信頼を保護しないと、普通の人たちがコンピュータを利用できなくなるということを前提にしているのです。たんに「不正な電磁的記録」とはせず、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」としていることに、そのような立法者の意図が示されているものと、おそらくいえるのではないでしょうか。もし、技術的な観点からみて、やはりプログラムの動作に対する信頼とプログラムの供用に対する信頼は厳密に区別されるべきであるというのであれば、法案はあまりに事柄を単純化しすぎるものということになるかもしれません。ただ、法規制のあり方として、専門家に焦点をおいた規制ではない領域で、厳密な技術的観点を徹底して導入すべきとはかならずしもいえないと思われます。この点はもう少し検討する必要はあります。

 以上の点を敷衍するために、つぎような例を示されています。

「format c:」のような内容の「delall.vbs」というプログラムを作り公開した人(甲)(作成者)がいたとします。公開しているのですから、甲が「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」作成したことは明白です。(おそらく、ファイルを消去するためのプログラムとして公開したのでしょう。)それを、別の人(乙)(供用者)が不特定多数の人に積極的に実行させようと企てて、delall.vbsを「取得」してそのファイル名を「お宝画像.vbs」に変更し、「うpろだ」にアップロードし、「エロい」人たちが集まる掲示板にURLを貼り付けたとします。
このとき不正指令電磁的記録「作成罪」に問われるのは、乙でしょうか、甲でしょうか。つまり、乙(ファイル名を変更してアップロードし宣伝した)はプログラムを作成したと言えるでしょうか。

 まず、不正指令電磁的記録作成罪は、たしかに作成行為を処罰の対象としていますが、これはプログラムを書いたかどうかだけでなく、複製して新たな電磁的記録を作成する行為も含まれるでしょう。もちろん二号がありますので、紙に書いた場合も作成罪となりえます。したがって、乙について、不正指令電磁的記録作成罪が成立するということでまちがいありません。
 つぎに、高木さんは、甲が作成者なのか、乙が作成者なのかという問題設定をされていますが、これは不正確な問題設定だといえます。問題は、甲が不正指令電磁的記録作成罪に該当する行為をしたのか、乙が不正指令電磁的記録作成罪に該当する行為をしたのかということです。両者について、それが肯定できることもあるし、両者について否定されることもあり、あるいは、いずれか一方のみに認められることもあるでしょう。
 では、甲についてどうなるのかということですが、事情にもよりますが、おそらく甲については作成罪は成立しないといえます。甲は、ハードディスクを消去するものとして「delall.vbs」というプログラムを書いたのであり、それは「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」不正な指令を与える電磁的記録とはいえないからです。また、たんに「format c:」のようなプログラムを紙に書いただけの場合、それだけでは、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」不正な指令というのは困難ではないでしょうか。したがって、通常、なんらかのプログラムを紙に書いたとしても、その動作内容がそれ自体不確定な場合には、不正指令電磁的記録作成罪は成立しないと解されます。

 なお、

「コンピュータの利用に関心を持つべき社会の客観」とは、マスコミが映すものであり、実際にはアンチウイルス販売会社の営利的な都合を含んだ基準により決定されていくと思われます。

ということには、同意しかねます。法的判断がマスコミや企業の判断に全面的に依拠してなされるわけではありません。「そんなの実行する奴がバカ」という人たちが一般的にコンピュータを利用しているのであれば、そのような「そんなの実行する奴がバカ」を標準として判断するのだということにすぎません。ある程度リテラシーのあるひとから見れば、わかりそうなものであっても、そうではない人たちが実際にコンピュータを利用するようになってきたというのであれば、そのレベルが「コンピュータの利用に関心を持つべき社会の客観」ということになります。むしろ立法者は、そうだからこそ不正指令電磁的記録に関する罪を立法しなければならないと考えているようです。
# 通貨偽造では、真正なものと一般に誤認されうるものであることが必要とされます。この場合、普段からお金に接することが多い商売人やレジ担当者がすぐに偽造とわかるものであっても、そのへんの普通の人たちが誤認しやすいものであれば偽造通貨ということになります。社会的な信頼というとき、そのレベルはその道の専門家が思うほど高くはないように思います。

トラックバック(2)

トラックバックURL: http://www.tiresearch.info/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/53

新設されようとしている「不正指令電磁的記録に関する罪」における「作成罪」に関して議論が続いている。 http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20060314.html http://strafrecht.typepad.jp/blog/2006/03/post_eb88.html http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20060315.html http://strafrecht.typepad.jp/blog/2006/03/post_8e... 続きを読む

TITLE: 「実行の用に供する目的で」の「実行」とはどのような実行を指すのか? URL: http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20060507.html#p02 IP: 202.181.99.16 BLOG NAME: 高木浩光@自宅の日記 DATE: 05/08/2006 01:36:47 PM 続きを読む

最近のブログ記事(けったいな刑法学者の戯れ言)

2011-04-17
さすがだな…てっちゃん。ヲタクとして完…
2011-04-17
さすがだな…てっちゃん。ヲタクとして完…
あけおめ

最近のブログ記事(続々・けったいな刑法学者のメモ(補訂版))

科学的証拠の意味
 年度が替ってから,次期中期計画がらみの…
イスラムの刑罰と法(メモ)
 イスラム法で,犯罪は,次の三つに分類さ…
第4回情報ネットワーク法研究会開催のお知らせ
 スーダン出身で現在U.A.E.の内務省…