自殺予告と緊急避難

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 自殺予告で発信者情報を警察に開示するガイドライン策定へということで、ネットでの自殺予告の書き込みに対するプロバイダの対応について、電気通信事業者団体がガイドライン案を作成し、意見を募集するそうです。ガイドライン本体は、例えば、テレサ協だとここです。

 ガイドラインは、警察からの照会による発信者情報の開示を緊急避難行為と位置づけて、これに該当する場合には、情報の開示が可能であるとするもののようです。

 電気通信事業者の取扱中にかかる通信の秘密は侵してはならず(電気通信事業法4条1項)、これに違反した場合は処罰されます(同法179条、しかも電気通信事業に従事する者は不真正身分犯として刑が加重されます(2項))。刑事責任にかぎっていえば、これを回避するために、緊急避難をもちだすことになるのでしょう。
 緊急避難の検討にあたって一番問題となるのは、おそらく危難の「現在」性です。この点について、ガイドライン案では、「実際の自殺予告事案について『現在の危難の存在』を検討する際は、(1)発信された日時、(2)発信された情報の内容(自殺を行う具体的日時・場所の記載の有無、自殺する旨の意思の表示の有無、自殺する動機・手段等の記載の有無及びその具体性・実現可能性等)に加え、(3)当該書き込みがなされている電子掲示板等の性質、他の書き込みの内容等のインターネット上から得られる情報、(4)警察において110番通報者等から入手した当該発信者に関する情報(日頃からのインターネット上における自殺を伺わせる言動等)等が存在する場合には、その提供を受け、これらの情報を総合的に考慮して、『実際に当該発信者が自殺を決行する危険性が切迫しているか否か』を判断することになる。」(12頁以下。丸付き数字は括弧付きに変更)と、しています。
 簡単いえば、記述された情報あるいは伝聞情報のみから危難の現在性を判断するとのことのようです。しかし、危難は客観的に存在する必要があり、行為者の主観的な予測では足りない(最判昭和24年10月13日刑集3巻10号1655頁等)とされ、合理的な観察者の客観的な事前判断によるべきものと解されます。したがって、このようなガイドラインでは、あたかも危難が行為者の主観的な(合理的であったとしても)予測に依拠せしめるものと解することもでき、もしそうであれば、きわめて不当なものといえます。自殺に関していえば、危難が客観的に存在するとは、自殺者が自殺を決意し、いつ自殺をしてもおかしくない状況が客観的に存在しているということであり、これは記述された情報から認識することは不可能であるといえます。
 ガイドライン案も一応予防線を張っていて、「現実に現在の危難が存在しないにもかかわらず、書き込みの内容等の情報から『現在の危難の存在を基礎付ける事実関係が存在する』と誤信し緊急避難の要件を満たすとして発信者情報を開示した場合には、違法性阻却事由の錯誤として『通信の秘密侵害』行為の故意が阻却されるものと解される。」(13頁注23)としています。しかしながら、通説によって、違法阻却事由の錯誤により故意が阻却されると解されているのは、違法阻却事由の前提となる事実について誤信している場合です。そして、電気通信事業者が、ガイドライン案の(1)ないし(4)の事情を認識して、現在の危難が存在すると認識したことは、認識した事実については齟齬をきたしているわけではなく、自己の認識した事実による予測が誤った場合であって、これは基本的に違法阻却事由の要件に該当するかどうかというあてはめの錯誤であり、違法性の錯誤として処理されるべき性質のものといえます。違法性の錯誤について、判例は故意責任に影響を与えないとしていますので、故意犯の成立が認められることになります。
# 現在の多数説である違法性の意識の可能性必要説(責任説ないし制限故意説)からは、錯誤が相当といえる場合に故意責任が否定されることになります。したがって、プロバイダ等が免責されうるのは、原則として、合理的に危難の存在が推認できる場合で、これをガイドライン案が規定しているものと考えることはできます。違法行為ではあるので、漏示事故として総務省への報告はつねに必要でしょう。
 緊急避難と認めうるのは、リアルタイムでビデオチャットしているときに、相手がcamの前で自殺をはじめたというような場合にかぎられるといえます。

 このガイドラインに基本的に内在している問題(これは策定者にあるのではなく、責任をとりたくない省庁にあるといえます)は、本来、自殺しようとしている者に対する対応が警察の職務であり、その職務遂行をおこうために発信者情報の開示をプロバイダ等に求めているにもかかわらず、その開示の是非の判断をプロバイダ自身に負わせ、開示を要求した警察自身の責任の所在をあいまいにしているところにあるといえます。
 警察は、自殺予告の書き込みによる対応をおそらく警察法2条1項の「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ」に基づいておこなっているのでしょう。しかし、警察官職務執行法は、自殺への対応について明確に規定していません。しいていえば、警職法3条1項2号に該当する者として保護するということでしょう。そのために、プロバイダ等への照会が必要だというのであれば、むしろプロバイダは警察の職務遂行への協力者であり、そのために発信者情報を開示するものとして、正当行為として位置づける方が適切であるように解されます。
 さらに、警職法3条1項は「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」とある以上、自殺の可能性に関する判断は、もっぱら警察の責任においておこなうべきであって、この判断をプロバイダに押しつけることは適切でないといえます。

 また、警職法に自殺への対応の規定は存しないというのであれば、警察官によるその職務としての対応をいかにするのか、その協力をプロバイダにいかに求めるのかということについて、明文の規定を設けて、それによってプロバイダの情報開示のガイドラインを策定すべきものといえます。
 自殺予告の書き込みがあり、それに対して警察の要請にもかかわらず、プロバイダ等が情報開示せず、自殺が決行されてしまった場合、おそらく警察は情報開示しなかったプロバイダに責任をなすりつけ、マスコミもそれに乗じてプロバイダを非難するでしょう。だから、このような変なガイドライン案を策定せざるを得ないわけで、このようなあり方が所管官庁のあり方として適切なものといるのかということ自体を問題すべきといえます。

 さらに、立法的解決をするにしても、前提として、自殺それ自体の法的評価についても、十分な検討が必要になります。刑法202条が存在することから、自殺は(可罰的ではないにせよ)違法であるとされ、だからこそパターナリスティックな対応をしようとするのでしょう。しかし、現在では、自殺それ自体が違法でないとする見解もかなり優勢となってきており、そのような背景から、パターナリズムを発揮することがかならずしも法的には是とされないかもしれません。より根本的な問題を(どのような立場に依拠するにせよ)きちんと処理して、明確にすることが、本来的には必要なのかもしれません。

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もりもりもりあがる雲へ歩む - なんでもかんでも「通報しますた」 (2005年8月26日 23:30)

そもそも“自殺”を止める必要があんの?それも他人が。 自殺予告で発信者情報を警察に開示するガイドライン策定へ 総務省、自殺予告に対するプロバイダーの情報開示ガイドラインを策定へ ネット自殺予告者を開示 業界団体が指針案 むしろどんどん拡大解釈されてい.... 続きを読む

All animals are equal, but some animals are more equal than others. - 自殺は違法?自殺をそそのかすことが違法? (2005年9月10日 06:46)

警視庁、JWordに犯罪関連サイトのリストを提供 日本語キーワード検索サービス「JWord」を運営するJWordは9日、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターから犯罪関連サイトの情報提供を受けると発表した。  JWordは、アドレスバーから日本語検索ができるサービス。キーワードがJWordに登録されていれば、該当サイトを直接表示する。これまでJWordでは、有害サイトの表示を防ぐため、キーワード登録時に審査を行なってき... 続きを読む

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松生さんもドイツ(MPI)にきていることが判明しました。刑法教科書の件についても連絡しておきました。

右足首のねんざと右指のねんざで苦しんでいます。タイプがうまくできません。
Johanna Rinceanuさんに、大学の仕事の調整がうまくできそうにないので、11月にいけないかもしれないと伝えておいてください。
助成金もらったはずなのに、未登録状態がつづいていて、海外出張旅費の申請ができず、教授会の承認をとれないのです。資料は、つけで購入できるので、その面の支障はないですが。

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