承継的共同正犯と同時傷害(つづき)

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 先のエントリー承継的共同正犯と同時傷害の続きです。一罪性の話は後回しにして、冒頭の事例において、承継的共同正犯を認めない場合はどのようになるのかということを考えてみましょう。話を単純化して、Aがまず暴行罪を実行し、その後AとBの共謀により暴行罪が実行されたということにします。そうすると、Aについては、暴行罪の単独正犯と暴行罪の共同正犯が、Bについては暴行罪の共同正犯が成立することになります。

 Xの傷害について、通常、Aはその責任を負うべきだとして、Aに傷害罪を認めるべきであるとされます。しかし、Xの傷害がAの単独の暴行によって生じたのか、AとBの共同の暴行によって生じたのかが明らかではないので、たしかに包括一罪として傷害罪が成立するものの、実体法的なレベルにおいて、単純に傷害罪が成立しているとみることは正確ではないでしょう(大阪高裁判決は包括一罪と実体法上の一罪を区別しています)。包括一罪として評価される暴行行為のいずれかによってXの傷害が生じているのですが、構成要件的な評価の次元で厳密に考えるならば、この場合、Aの単独の暴行行為による傷害罪とAとBの共同正犯による傷害罪との択一的認定が、暗黙の(あるいは明示的な)前提になっているといえます。
 なお、大阪高裁判決のいうように、一個の暴行行為により一個の犯罪が完結していることを前提にして、かつ、事実記載説を徹底するのであれば、択一的に訴因を記載して起訴状を作成すべきであり、択一的認定を判決においてもなすべきであるということになるでしょう。

 いずれにしても、構成要件的評価において、Aの単独の暴行行為と、AとBの共同正犯による暴行行為が存在し、そのいずれによってXの傷害が生じたのかわからないという場合、207条の形式的な文言をみるかぎり、その適用可能性はあるということになります。大阪地判平成9年8月20日判タ995号286頁は、暴行の途中から参加して被害者に傷害を負わせたが、共謀加担の前後いずれの暴行によって傷害が生じたのか不明な場合について、承継的共同正犯を認めるのではなく、207条の同時傷害の特例を適用することで途中からの参加者についても傷害罪の責任を負わせています。しかも、この判決では、前記大阪高裁の判決を引用し、その論理にしたがって承継的共同正犯の成立を否定しています。

一般に、傷害の結果が、全く意思の連絡がない二名以上の者の同一機会における各暴行によって生じたことは明らかであるが、いずれの暴行によって生じたものであるのかは確定することができないという場合には、同時犯の特例として刑法二〇七条により傷害罪の共同正犯として処断されるが、このような事例との対比の上で考えると、本件のように共謀成立の前後にわたる一連の暴行により傷害の結果が発生したことは明らかであるが、共謀成立の前後いずれの暴行により生じたものであるか確定することができないという場合にも、右一連の暴行が同一機会において行われたものである限り、刑法二〇七条が適用され、全体が傷害罪の共同正犯として処断されると解するのが相当である。けだし、右のような場合においても、単独犯の暴行によって傷害が生じたのか、共同正犯の暴行によって傷害が生じたのか不明であるという点で、やはり「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たることにかわりはないと解されるからである。

 ここで、207条が適用可能かどうかは207条の特例の性格をどのように解するのかという問題とも関係します。例えば、挙証責任を被告人に転換し、意思の連絡がないものをあるものとみなす規定であるとの立場(西原)なら、共謀の時期の特定がなされている以上、207条の特例を適用する余地はないこととなります。
 これに対して、通説のように、被告人に挙証責任を転換し、共同実行者でなくとも、共犯であると法律上擬制するというのが207条の趣旨であるとの立場にたつ場合には、大阪地裁と同様の解決の余地もありうることになります。学説上おそらく有力なのは、207条が共犯の擬制を認めるという個人責任の原則に対する重大な例外を認める規定であり、かつ、Aについては傷害罪の責任を問うことが可能であることから、その適用領域をむやみに拡張すべきではないとして、これを否定的に解するものであるといえます(西田・山中・大谷など)。あくまで、傷害の結果について誰も責任を負わない場合に限定すべきであるとするのです。もっとも、包括一罪の性格づけにもよるのでしょうが、Aの単独の暴行とA・Bの共同正犯としての暴行は実体法上別の暴行行為であり、それぞれについては傷害結果との因果関係が不明であるのはたしかであり、Aが傷害の結果について責任を負うのも、択一的認定という実体法と訴訟法の架橋領域をつうじてはじめて可能であるということを重視するならば、実体法的な修正としての207条の適用可能性を論理的に排除することは難しいといえるかもしれません。

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広い正犯とかを共同しなかった。

http://ja.wikibooks.org/
の(誰が作り始めたのか知らないが)刑法各論のところにリンクしといたので、そこの項目にこれから少しずつ書き込んで行こうと思います。でも全部書いてる時間がないので、君も承継的に「広い正犯とかを共同し」てよ。

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