子の奪い合いと未成年者略取誘拐

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 平成17年12月6日の第二小法廷決定(平成年(あ)第2199号)では、離婚調停中の別居中の妻のもとで暮らしている息子を連れ去ったということで、その父親に対する未成年者略取罪の成否が問題とされ、その成立が肯定されています。
 その際、保護されている環境から引き離して自分の事実上の支配下に置いたということで、未成年者略取罪の構成要件該当性を肯定し、行為者が親権者の一人であることは違法阻却の判断において考慮されるとし、

被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。
と判示して、違法阻却を認めなかったのです。
 本決定には、滝井繁男裁判官の反対意見があり、
感情的に対立する子を奪われた側の親権者の告訴により直ちに刑事法が介入することは,本件でも見られたように子を連れ出そうとした親権者の拘束に発展することになる結果,他方の親権者は保全処分を得るなど本来の専門的機関である家庭裁判所の手続を踏むことなく,刑事事件を通して対立する親権者を排除することが可能であると考えるようになって,そのような方法を選択する風潮を生む危険性を否定することができない。そのようになれば,子にとって家庭裁判所による専門的,科学的知識に基づく適正な監護方法の選択の機会を失わせるという現在の司法制度が全く想定していない事態となり,かつまた子にとってその親の1人が刑事事件の対象となったとの事実が残ることもあいまって,長期的にみればその福祉には沿わないことともなりかねないのである(このような連れ出し行為が決して珍しいことではないにもかかわらず,これまで刑事事件として立件される例がまれであったのは,本罪が親告罪であり,子を連れ去られた親権者の多くが告訴をしてまで事を荒立てないという配慮をしてきたからであるとも考えられるが,これまで述べてきたような観点から刑事法が介入することがためらわれたという側面も大きかったものと考えられる。本件のようなありふれた連れ出し行為についてまで当罰的であると評価することは,子を連れ去られた親権者が行為者である他方親権者を告訴しさえすれば,子の監護に関する紛争の実質的決着の場を,子の福祉の観点から行われる家庭裁判所の手続ではなく,そのような考慮を入れる余地の乏しい刑事司法手続に移し得ることを意味し,問題は大きいものといわなければならない。)。
として、違法阻却を認めるべきとされます。他方で、今井功裁判官の補足意見があり、
本件事案のように,別居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り,自らの支配の下に置くことは,たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,実力を行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視し,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。近時,離婚や夫婦関係の調整事件をめぐって,子の親権や監護権を自らのものとしたいとして,子の引渡しを求める事例が増加しているが,本件のような行為が刑事法上許されるとすると,子の監護について,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは,子の生活環境を急激に変化させるものであって,これが,子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。
として、反対意見を批判しています。

 本決定で参照されている最決平成15年3月18日刑集57巻3号371号では、

被告人は,共同親権者の1人である別居中の妻のもとで平穏に暮らしていた長女を,外国に連れ去る目的で,入院中の病院から有形力を用いて連れ出し,保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから,被告人の行為が国外移送略取罪に当たることは明らかである。そして,その態様も悪質であって,被告人が親権者の1人であり,長女を自分の母国に連れ帰ろうとしたものであることを考慮しても,違法性が阻却されるような例外的な場合に当たらない
として、国外移送目的略取罪の成立を認めています。
 で、この15年決定を扱った研究会で、私自身が滝口裁判官と今井裁判官と同様のやりとりをしたことを思い出しました。どちらの立場も、家庭裁判所での紛争解決を重視するという点で基本的な立場を同じくしつつも、その刑事的介入のあり方について異なる考え・アプローチをもっているといえます。おそらく、刑法と民法という関連でみるなら、裁判所は実力行使・自力救済等は認めないというのがこのところ一貫した立場であり、本件の場合も、裁判所の解決がでるまでは、現状を自ら変更するのは妥当ではないとの判断がかなり働いているようにみえます。その意味では、かなり法治国家の原則を重視しているものともいえます。

 では、今井裁判官の意見の立場にたつ場合、例えば、妻が子を連れて別居にでた場合、未成年者略取誘拐罪は成立するのでしょうか、それとも成立しないのでしょうか。このような場合においても、

子の監護について,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは,子の生活環境を急激に変化させるものであって,これが,子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。
という今井裁判官の述べるところは妥当するといえます。
 しかし、この場合について、拐取罪の成立を否定するというのであれば、別居行動に出るときはいまだ家庭裁判所に紛争解決が委ねられていないからだということでしかないことになります。それでは、あまりに家庭裁判所の家事紛争解決機能だけを重視しすぎるような気がします。裁判所外での当事者間の話合いによる解決もはやり重要でしょう。とすると、今井裁判官の意見の立場を徹底するなら、配偶者の一方が現住居から他方の配偶者の意思に反して子を連れ出す場合、欺罔を用いたり、幼児を抱きかかえるなどしたときは、未成年者拐取罪の成立を認めるべきこととなります。そうならないためには、別居する場合にも、子を連れていくときは他方当事者と十分に話し合う必要があるのです。これでは、あまりに現実をかえりみないものとなります。本決定もそこまでいわないのではないかと思います。
だからといって、無制限に両親が子を奪い合うことを容認するのも妥当とはいえないでしょう。そういう意味では、一旦できあがっている現状を実力行使で変更するような行為だけを補足するような解決策が望ましいといえます。これはおそらく、家父長制の下で起草された未成年者拐取罪の範疇をこえているのではないでしょうか。同罪の解釈のなかでやるとすると、本罪を監護権や行動の自由という法益を侵害するものとしてではなく、被拐取者が生活環境から離脱させられることによりその生命・身体等が危険にさらされるというところに違法の実質を求め、このような法益侵害性を認めうる拐取行為だけを問題とすることだといえます。

なお、本決定が略取罪成立を認めさせた要因として、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いこと、以前にも同様の行為をしていたことなども、離婚協議中であったこと以上に重視しているように思います。

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コメント(3)

iusは、法廷が略取しなかった。

iusが、ネットで大きい未成年など連れ去った
strafrechtは、ネットで未成年などを調停すればよかった?

平成と、広い小法廷とか、小法廷とか連れ去った
strafrechtは、父親とかを成立しなかった?

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