「支払用カード電磁的記録に関する罪」に「不正作出罪」はいらないのか?

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 上記タイトルは、別にクレジットカードの偽造にかぎるわけでなく、「通貨偽造罪」に「偽造罪」はいらない、「文書偽造罪」に「偽造罪」はいらない、「電磁的記録不正作出罪」はいらない、といいかえても、いいのです。「『不正指令電磁的記録に関する罪』に『作成罪』はいらないのではないか」というエントリでは、「作者に責任がある」という短絡的思考が看取され、あるいは、

作成者と供用者が申し合わせて行為に及んでいるなら、それは共謀共同正犯になるし、作成者が供用者のことを知らなくとも、誰かが行為に及ぶだろうと考えながらプログラムを作成したならば、作成者の行為は幇助にあたるのではないか。

として、供用罪の共犯による処罰でカバーされるから、作成罪はいらないとされています。

# 作成者が供用者のことを知らなくとも、誰かが行為におよぶだろうということをよく従犯の故意として、こういった場面で用いられたりしていますが、きわめて誤解を生む表現であるか、あるいは、誤解している表現です。Winnyを例にあげていますが、おそらくWinnyのケースでもそのような漠然としたものを故意としているわけではないはずです。強力な時限爆弾を銀座四丁目の交番に仕掛けて交差点周辺の人々を殺害する場合と同程度の内容はあったとみているはずです。

## ついでに、

幇助で起訴するとなると作成者の意図を立証する必要があり、それが難しいから……ということは理解できる。しかし、今回の刑法改正案でも、「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」と限定しているのだから、作成罪に問う場合はいずれにせよ、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」という意図があったことを立証しなくてはならない。

意図、目的、故意は、概念的に異なります。事実上、重なり合うことがあるというのと、概念の異同は一応区別されます。また、意図の立証が難しいから、このような立法になったわけではないです。

* このような理解は、端的にいえば、偽造罪は偽造通貨行使罪の共犯で処罰できるから、犯罪化する必要はないというのとおなじことを意味しています。しかしながら、行使の目的をもっておこなう偽造通貨の作成行為それ自体に、社会的な信用に対する危険があるから、偽造罪が処罰されているのであって、行使罪の共犯ないし準備行為にすぎないというものではないはずです。このような偽造罪と同様の構造が、不正指令電磁的記録に関する罪にもあるということをまずきちんと認識しなければならないでしょう。でないと、作成罪と供用罪が同じ法定刑となっている理由を説明できません。

 もう一つの誤解は、

大規模に増殖してネットワーク全体をダウンさせてしまうようなウイルス(ワーム)は、社会にとって危険なものであり、拳銃などと同様に、社会にとって存在しないことが要請されるという考え方

に基づいて立法された可能性を検討しているところです。社会的な危険犯というとどうしても公共危険犯がまず想起されるのは、しかたないことなのかもしれません。
# 刑法を専門としている研究者ですら、そういう思考にしかたてない者がいますし。
しかし、偽造罪も各種風俗犯も、社会的な利益を侵害する危険犯です。

 つまり、不正指令電磁的記録作成罪は、自己増殖型のみを特段処罰の対象としているわけではないのです。審議会等の資料を見るかぎり、コンピュータが社会のいろいろな局面で使用されるようになってくると、普通の人たちはコンピュータが正常に動作するのを信頼して使用するのに、不正なプログラムはそれを裏切るものであるということが、不正指令電磁的記録に関する罪の処罰根拠になると思われます。同じように社会的信頼を保護する犯罪としての偽造罪は、行使目的での偽造(作成行為)が処罰されるのは、行使目的による作成行為が社会的信頼性に対する危険を惹起するものと評価されるからです(行使の目的がないと犯罪ではないのは、そのような危険を惹起するものと評価できないから)。
 不正指令電磁的記録に関する罪の立法の当否は、このような社会的信頼の保護という点から検討しなければならない(この点それ自体の適否も含め)のであって、表面的な規制態様の当否を論じても、あまり有意的なことではないでしょう。ただ、現在のわが国の傾向として、社会的な安心感の保護をしようという社会的要請とそれに応える立法・解釈・運用が顕著であり、情報処理関係がそのような傾向から除外されるようになるというのは、難しいかもしれません。

# 偽造罪とWinnyが出てきたので、ついでに。この方面で、いろいろ中立的行為による幇助という言葉をもてあそぶかのような使い方をする法実務家や技術者の方がいますが、そういう人たちはぜひとも、刑法168条の通貨偽造準備罪は、あいまいであり、憲法に違反するとか、中立的な「道具」を規制するもので不当だとか、技術の進展をそがいするものだと主張して欲しいものです。
 本罪は、通貨偽造罪の幇助を独立して処罰するもので、近年のスキャナー、コンピュータ、プリンタの技術力は、すぐれた偽造紙幣を作成できるようになったわけで、これ以上、技術進化すると、偽造紙幣がもっと容易に作成しやすくなりますよねぇ。

追記:*の段落が欠落していたので、補いました。

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